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東京地方裁判所 昭和34年(ワ)5603号 判決 1961年10月25日

原告 藤沼伸康

右訴訟代理人弁護士 樋口源之輔

被告 中沢辰雄

右訴訟代理人弁護士 野村雅温

主文

一、被告は原告に対し、東京都豊島区駒込三丁目三五〇番地の五所在家屋番号同町甲三五〇番、木造鋼板葺平家建店舗一棟建坪五合のうち別添図面赤線で囲む部分を明渡し、かつ昭和三四年五月二四日より右明渡ずみまで一ヶ月金六、〇〇〇円の割合による金員の支払をせよ。

二、原告その余の請求は棄却する。

三、訴訟費用は被告の負担とする。

四、この判決は原告が金一〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは仮に執行することが出来る。

五、被告において金一五〇、〇〇〇円の担保を供するときは右執行を免れることができる。

事実

≪省略≫

理由

証人藤沼彰基の証言及び原告本人尋問の結果を綜合すると、原告の亡父藤沼直次郎は、被告の亡父中沢喜三郎に対し、昭和三二年頃、その所有に係る別紙目録記載の建物(以下本件建物という)のうち別紙図面赤線で囲む部分の店舗(以下本件店舗部分という)(当時は右図面中、図面右側の三、五尺の部分はなく、その代り左側に三尺原告店舗部分に入つた分迄を借り、従つて原告店舗部分の間口は九尺であつたが、その後現状の様に賃借部分が改められた)を、一月賃料五〇〇円か六〇〇円の定めで、期間を定めず、貸したことが認められる。そして昭和二九年一〇月以来賃料が金六、〇〇〇円になつたことは原被告間に争がない。

被告の亡父喜三郎が昭和三一年一〇月五日死亡し、原告の亡父直次郎が昭和三二年五月五日死亡し、原告が相続により、本件建物の単独所有者となつたことは、原被告間に争のないところである。

被告の亡父喜三郎が死亡して、前認定の賃借権を誰が承継したか争があるのでこの点を判断する。

成立に争のない乙第八号証によると、本件賃借権は、喜三郎の妻とし、長男辰男(被告)、三男克己、長女朝子、二女千恵子、四男敏夫、五男昭雄、三女喜代子が共同相続したことが推認できる。そして、成立に争のない甲第七号証の一、二、甲第一一号証、乙第九号証、証人金子貞子、同忠男、同丸山奥蔵の各証言(いづれも後記措信しない部分を除く)原被告本人尋問の結果(被告本人尋問の結果後記措信しない部分を除く)を綜合すると、本件店舗における果実商は、亡喜三郎生存中から被告がこれを手伝つており、死亡後は被告が妻政子と共にその業務にたづさわり、賃料は被告が原告に支払つてきたこと、弟妹のうち三男克己は、豊島区駒込六丁目において亡父喜三郎が経営に従事していた「八百喜」なる商号の下になされている青果物商の仕事を手伝いその他の弟妹(一名は既に他家に嫁している)はいまだ学業半ばの者で、被告により扶養されていることが認められるので、これらの事実からすると、被告以外の相続人は、その相続した賃借権を被告のためいづれも放棄したものと認めるのが相当である。

右認定に反する証人金子忠男、同貞子、同丸山奥蔵の各証言及び被告本人尋問の結果は措信できない。

してみると、被告の亡父喜三郎の死亡により、被告外八名のものが本件賃借権を共同相続し、その後、八名の者がこれを放棄し、被告の単独賃借権となり、原告もまた前認定の通り本件建物の単独所有権を取得し、その後は原被告間に従来の賃借関係の権利義務が夫々帰属したものである。

原告から被告に対し、昭和三三年一一月二三日本件賃借契約の解約申入がなされたことは、原被告間に争のないところである。

被告は、本件賃借契約には、二〇年の期間の定めがあり、これが満了前の解約申入故効力がないというが、前認定の通り、本件賃貸借は期間の定めがないものであるから、被告のこの主張は理由がなく、又、被告は共同相続人の一人である被告に対する解約申入故効力ないというも、前認定の通り本件賃借権は被告単独のものになつている以上この主張も亦理由がない。

右解約申入に正当の理由があるか否を判断する。

証人藤沼彰基の証言及び原告本人尋問の結果並びに検証の結果を綜合すると、

一、本件賃貸借の成立した事情は、被告の先代亡喜三郎が、駒込六丁目及び三丁目の野菜の配給の業務に従事していたが、本件建物の所在地である三丁目においては屋外においてこれを行つていたところ、冬期に向う折、その友人を通じ、原告の先代亡直次郎に対し本件建物の一部(約三坪)において配給を実施するためこれが借り受けを申込み、直次郎も当時は店も空いているところではあるし、屋内において配給をうけることは附近の人の便利になることと考え、これを承諾し、直次郎において店が必要になつた時、或は区劃整理の関係で建物に変動を生じるときは、直ちに喜三郎に明けて貰うことを約し、その様な関係から権利金とか敷金とかいうものはとらずに貸したものであることが認められる。

二、本件建物の情況については、本件建物は、国電駒込駅前の道路に面して建てられているが、その素材は、昭和二二年頃東京都から払下げうけた組立式簡易住宅を建てたもので、店舗部分との屋根は屋根とひさしを継ぎ合せた格構で、かつ、とたん葺であり、原告使用部分(被告店舗部分には認められぬ)には、店舗並びに部屋部分に雨漏り多く、且つ部屋部分の床根太は腐朽している部分があり、店舗部分も現在約三坪、増加改造しても漸く、五、六坪に過ぎず、原告の営む煙草小売販売、菓子販売の営業上決して十分とはいえず、店の衛生上について、保健所からも屡々注意をうけている情況であることが認められる。この事実からみても原告が本件建物を改築又は改造したいと希望することは無理からぬところである。

三、原告は妻と子供二人の暮しで、本件店舗で煙草小売及び菓子製造販売の業を営んで、それにより生活し、本件建物の後側に建坪一四坪の建物を所有しこれに住んでいること、前認定の建物の改築を考えたが、被告は隣り合せで毎日顔を合すため明渡を求めることをためらつていたところ、後記認定の通り昭和三一年暮被告が附近に空家を借りたことがその後わかつたので、いづれ明けてくれると心待ちにしていたところ、そのことがないので、遂に昭和三三年六月か七月頃以来改築したいから明けてくれと頼むようになつたことが認められる。

原告本人尋問の結果成立を認め得る甲第八号証の一乃至三、成立に争のない第一号証証人金子忠男、同丸山奥蔵の各証言並びに被告本人尋問の結果を綜合すると、被告中沢家は東京都豊島区駒込六丁目に店舗住宅を所有し、間口約四間の店舗においては、豊島青果販売株式会社名義で、「八百喜」なる名称で、青果物商を営み、被告並びに三男克己が営業にたづさわり、右店舗の隣りの店舗(中沢家所有)は牛肉販売を営む者に賃貸していること、昭和三一年暮本件建物より三軒先同じ道路に面したところに、一軒の家を借りうけ、同所において、親族の共同出資で昭和三三年一二月九日有限会社いづみを設立し、バーを経営し被告が代表取締役になりその業務に従事していること、中沢家は右各業務による収益により生活していることが認められる。

以上認定事実をあれこれ考えてみると、被告が本件建物において、果実商として相当な利益を上げていることは、十分理解できるところであるが、これを考慮しても、原告の必要性をおさえて、被告に引続き本件店舗を使用させなければならないと言う程のことはない。本件店舗の利用については被告において原告に譲るべきものと考える。

然らば原告の解約申入には正当理由あるものと解すべきである。

従つて、原告が解約申入をしたときより、六月を経過した昭和三四年五月二三日本件賃貸借契約は終了したものである。

仍て、原告の被告に対する本訴請求中本件店舗部分の明渡し、並びに、賃貸借契約の終了した翌日である昭和三四年五月二四日以降明渡済みまで、一月金六、〇〇〇円の割合による賃料相当(本件は店舗のみの賃貸借故地代家賃統制令の適用はない)の損害金の支払を求める部分は正当としてこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条の規定を、仮執行の宣言並びに免脱につき同法第一五六条の規定を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 岡田辰雄)

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